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お待たせいたしました!『オッス!トン子ちゃん』のAD(アートディレクター)、
そしてなんと出資者でもあるトン子ちゃんの“あしながおじさん”的存在の発表です!
......................それは、佐藤直樹さんです!!!!!キャッキャッ。
そう、昨年フジテレビ系で放映されていた深田恭子ちゃんでおなじみ『ファイティング・ガール』や
『COMPOSITE』のADなど、多数のメディアでご活躍されている佐藤直樹さん。
最近では「なんでもやらなきゃ気が済まない」佐藤さんらしく(その性分はインツビューで明らかに!)、
自ら編集企画されている『NEUT.』(ニュート)を創刊。2号ではトン子も掲載されています。
見かけたらマストバイ!
詳しくはアジール・デザインのサイトをご覧ください。


では、佐藤直樹さんの超詳細、独占ロングインツビューを大公開!
なんと3部構成の約20000字!?!?!?!
おそらくどこよりも詳しく、そして長い、さらに注釈がくどい!
トン子編集部渾身のインツ。ご一読ください。


トン子編集部

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佐藤直樹(さとう・なおき)
1961年東京生まれ。獅子座のAB型。
1994年に『WIRED 日本版』のADとして創刊から参加。
その後1998年に設立したアジール・デザインの代表取締役兼ADとして、
ファッション誌、グラフィックデザイン誌、テレビ番組など、多岐に渡り活躍中。




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まるごと佐藤直樹

取材・文 トン子編集部
2001.12.19@ASYL design

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EPISODE 1  トン子とデザイン-出会い編-



■ 1 ■ トン子とタナカカツキとは


編:では、まず佐藤さんから見た『オッス!トン子ちゃん』って、第一印象はどうでしたか?

佐藤:すごかったです。ひっさしぶりに「おもろい漫画読んだわ〜」って感じですね。
で、トン子ちゃんももちろんスゴイんですけど、タナカカツキという人間に
あらためて驚かされましたねえ。よく「ナントカ界の誰々」とかって言うじゃないですか? 
でも、カツキさんとか、あと
宇川(直宏)※くんなんかもそうだと思うけど、
そういった形容が利かないタイプの人ですよね。
手塚治虫※とか赤塚不二夫※とかって「漫画界の誰々」なんて言えないでしょ。
「ナントカ界の手塚治虫」っていうのはたくさんいるかもしれないけど。
横尾(忠則)※さんなんかもそうですよね。カツキさんもそれだなあって、しみじみと思いましたわ。


※宇川直宏(うかわ・なおひろ):1968年香川県生まれ
デザイナー、ビデオディレクター、VJ、DJなどなど。
ボアダムスのCDジャケットデザインやコーネリアスのリミックスCDジャケットデザイン、
楳図かずお原作のアニメ『猫目小僧』のLDボックスデザイン他、
本、漫画の装丁、クラブフライヤー、映画のポスター、チラシのデザインにCDの製作、イベントの企画など
ジャンルを横断し爆進する自称“メディアレイピスト”。
【宇川直宏「性的トラウマ」を語る】
http://www11.u-page.so-net.ne.jp/cj8/lovely/ukawa1.html



※手塚治虫(てづか・おさむ):1928年-1989年
代表作としてあげられる『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』は、
日本初の連続TVアニメーションとして日本中を席巻し、アニメーションを大衆に深く浸透させることになった。
【手塚治虫@ワールド】
http://ja-f.tezuka.co.jp/



※赤塚不二夫(あかつか・ふじお):1935年生まれ
手塚治虫の『ロストワールド』に出会い、夢中でマンガを描くようになる。
石ノ森章太郎の仕事をアシストするうち、彼の住むトキワ荘に移り、横山光輝の出張アシスタントなども経験する。
代表作は『おそ松くん』『天才バカボン』『ひみつのアッコちゃん』など。
【赤塚不二夫インタビュー】
http://www.so-net.ne.jp/tokyotrash/_media/akatsuka/akatsuka_top.html



※横尾忠則(よこお・ただのり):1936年生まれ
日本を代表する世界的アーティスト。
60年代、寺山修司や唐十郎の演劇ポスターなどで一躍注目を集め、
70年代のドラッグ&サイケデリックカルチャーやカウンターカルチャー全盛期に絶大な支持を得る。
80年代始めにニューヨーク近代美術館で行われたピカソ展を見て突如画家を宣言。
以降、数多くの展覧会や海外からの招待出品により、確固たる世界的評価を確立している。
【横尾忠則オフィシャルウェブサイト 】
http://www.tadanoriyokoo.com/


佐藤:手塚治虫とか赤塚不二夫とかって、当時の表現ジャンルが扱っていたものを、
全部投入してるでしょ。リアリズムだろうがシュールリアリズムだろうが
未来派だろうがなんだろうが。たまたま漫画っていう形式をとってますけど、
漫画界の中でどうのこうのっていう器じゃないじゃないですか。
だから残るんだけど、カツキさんってそういうタイプの人間なんですよ。
無意識に全部入ってるんです、やってることの中に。常に。
そんな人間はそうはいないんで、同時代に併走できるっていう機会はホントに貴重だし、
今何に興味をもってるんだろうっていうのはスゴイ気になりますよね。
そういう存在って自分の世代ではいなかった気がするから。
「ああ、ようやく自分より下の世代からまた出てくることになるんだな」って。
今まではずぅっと、終わったものを追いかけてきたわけです。言ってみれば。
で、昔の人たちのことがちょっと羨ましかったりした。
僕、
美学校※に行ってたんですけど、赤瀬川原平※さんの話とかそういう人のスゴイ話を聞いても、
全部終わった話なわけですよね。まあ、原平さんは姿を変えてずっと生き続けてますけど、
ハイレッドセンターとかネオダダとかそういうものに僕らが立ち会えるわけではない。
でも、今まさにつくられていて、今の時点ではなんとも形容しようのない、
その……表現ジャンルですらくくれないことが、今、目の前で起こっているわけだから、
もう、興味を持たない方がおかしいですよね。
そういう意味で、カツキさんのやってることには何であろうと興味が行っちゃうんですよ。


編:カツキさんの存在を知ったのは、いつくらいですか?

佐藤:どのへんからだろう……そういえば(笑)。

編:『カエルマン』とかですか?

佐藤:うーん、その時代も、いっぺんにボコボコって入ってきたよね。
「えっ、コレやってる人が、コレもやってんの?」って感じで。

編:最初は映像作品から入っていったんですか?

佐藤:ああ、あのね、いちばん強烈だったのはね、意外かもしんないけど、
AKAKAGE※のPV(Here Comes AKAKAGE)。あれがいちばん強烈だったかも。
それまで存在はもちろん知ってたけど、わりと器用な人のイメージだったんですよ。
『ブッチュくんオール百科』とか『バカドリル』とか、ああいうものを見ても、
ほら、器用な人っているじゃないですか、情報をすごく処理できて。
「そういう人なのかな〜?」って思ってたんだけど、そのバラバラのもの全部が、
こうつながってきた時に「ちょっと……おかしいぞコレは」っていうふうに。
それで、トン子ちゃんももちろん見て知ってはいたけど、
ストーリーとしての全貌を知ったのは、あの封筒を開けた時が初めてじゃないですか※。
それが全部つながった時に「これはタダモノじゃない!」って(笑)。


※赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい)1937年生まれ
1962年に中西夏之、高松次郎らとともにハイレッドセンターを結成し、
町中での突然のハプニングやイヴェントを通じて知覚と現実の間に一種のパニックをおこさせる<ミキサー計画>を展開。
前衛芸術家として、アンデパンダン展などで活躍する一方、1981年「父が消えた」で芥川賞を受賞。
勅使河原映画の脚本、路上観察学など、その活躍は多方面に及ぶ。



※美学校:東京神田にある美術学校。
60年代から70年代にかけて、華々しい反芸術運動を繰り広げた
赤瀬川原平らが講師をしていたことでも有名。
【美学校】
http://www07.u-page.so-net.ne.jp/rd5/mwada/



※AKAKAGE:ジャズ、ラテン、ハウスDJ伊藤陽一郎とプログラマーの佐藤豪による超ポップユニット。
【LOW BLOW】
http://www.mediacraft.co.jp/lowblow/japanese/discdata.html



※カツキさんが『オッス!トン子ちゃん』を人に見せる時、必ずA4サイズの封筒にドッサリと入れて渡す。


編:それで……、メールで良く知りもしない自称・担当編集者からの
「お願いできませんか?」っていうのを引き受けてくださるとは(笑)。
しかもまさか、初期費用の全額を出資するということろまで……。


佐藤:それはでも、もうここまできたら当然でしょう。これをおもしろくないっていう人間は
僕のまわりには一人もいないし、すごく健全なビジネスとして初期費用くらい回収できると思ってますから。
それにカツキさんのやってることを支援できる立場にいるのにそれをやらないっていうのは、
どんなものと比較したってありえないんですよ。だって、すべては「これから起こること」なんだから。
やらなかったら、それは消しゴムで歴史を消すようなものですよ。
赤塚不二夫や
タモリ※が出現したとか、そういうのに近いことだと思ってますから。
規模としてどれだけ爆発するかとかは時の運みたいなものもあるし、
どうなるかなんてわかんないんですけど。でも、やってることとして前例がないっていうか
唯一のものだっていうことはハッキリしてるんですから。
漫画っていう形式をうまく使ってはいるけど、感覚的なところでは
デフォルトで「全部揃ってる!」っていう。当たり前のようにすべてが投入されてますもん。



※タモリ:1945年生まれ
本名:森田一義(もりた・かずよし)。出身:おっぱい星(自称)
『笑っていいとも!』などテレビ番組の司会者として有名だが、
1970年代後半から80年代初頭にかけて数枚のアルバムを作成し、音楽家としても活躍。
アルバムのサウンド・エフェクターとして赤塚不二夫が名を列ねている。
【タモリの生態】
http://www.ginzado.ne.jp/~tamoleon/topic/tamori_ex1.htm


佐藤:それにカツキさんと話してると、こうかなぁって思ってもそうじゃなかったり、
まだまだわからないところがあるから興味は尽きないんですよ。
「ああ、こういう天才肌なんだ」とかっていうのが見えたら、
逆にたいして興味を持たないと思うんだけど、まだねえ……まだ見えないですね。
……。つーか、ぜんぜんわかんないんダヨ〜〜〜ン!(突然壊れたように身振りつきで)

編:すっごいよく分かります、そのへん(笑)。

佐藤:(何事もなかったように)最初に接触したのはですねえ、
僕が
『effects』※でやってた映像実験のコーナーで連絡した時なんですよ。
「誰かとコラボレーションしませんか?」って、僕の方からアクセスして。
何をきっかけにそんな連絡をしたのかは……ちょっと思い出せないんですけど。
AKAKAGEのPVを観た後だったのかなあ。で、会っていろいろ話をして。
その時に『5年の科学』とか見せてくれたんだけど。あれもたまげた!



※『effects』:佐藤さんがADをしていたデジタル映像雑誌(発行:エムディエヌコーポレーション)。2000年に休刊。


編:ああ、それも分かります(笑)。

佐藤:いや〜、まだまだ出てくるんだなぁと思って。
そうなんですよねえ……まだまだ出てくるんです。おもしろくないことは絶対にしない人だから。
で、そこですごく希望が湧いてくるのは、カツキさんのつくるものって
デザインがデフォルトで入ってるところなんですよ。
デザイン意識とかデザイナー的な感覚っていうのではなくて。
でも、それって本当は当たり前のことで、デザインがちゃんとやれている時って
そういう意識やら感覚やらが視野に入るわけはないんですよ。
そういうものが視野に入ってる時点で、デザインに対して不誠実ってことなんです。
だから、実はみんなちょっとずつ不誠実なんだけれども、それが普通になってしまってる。
でも、みんなそれを認めたくないから、その中で小競り合いをして、
小さい競争をするしかなくなってるんです。だけど、カツキさんの場合、
必要な部分だけにしかデザインを投入しないから、不必要なデザイン意識とかって
発生しないようにできてるんですよ。『ブッチュくんオール百科』とかは
デザインは
エンライトメント※がやってますけど、あれなんかも全部「直感的にわかってるんだな」
ってことが伝わってきますよ。カツキさん自身がその時に何をやったらいいかっていうことを
わかってるんですよ。自分が手を動かす必要がなければ動かさないし、かといって
動かせないから動かさないのかっていうとそうじゃなくて、動かすと抜群にいいでしょ。
だけど、それを突き詰めないし、すぐどっか行っちゃうじゃないですか。
だからおもしろいし、巧妙だなあと思いますよね。ひとりの人間がやってることとしては。

※エンライトメント:イラストレーターのヒロ杉山氏率いるデザイン事務所。
97年設立。雑誌『CUTIE』、テレビCM『TBC』など多岐にわたり活躍中。


佐藤:僕も漫画を描いてたことがあるんですけど、幼少の頃までずーっとさかのぼって
整理し直してみると全部すごくスッキリと見えちゃうところがあるんです。
機会があれば後で話しますが、僕のポジションっていうのを考えると、小学生くらいの時点で
実はもう答えが出ていて、今こういうものに立ち会ってやってることっていうのは、
なるべくしてなったというか、ここに行き着くめぐり合わせみたいなものがあるんですよ。
だから、トン子ちゃんをやらないっていう選択肢は僕にはないんです!(よくわからないが自信満々に)

で、最初はこれ、どういう話だったんだっけ? 連絡もらったんだっけ?(笑)

編:そうです。最初、『NEUT.』っていう媒体が理想だってカツキさんと話をしていて、
あの形態がいい、流れがいいって。出版の流れが。
コンセプトとかも一般の流通を通さずに、伝えたい人だけに確実に伝えるっていう。
それをやってる人って誰だろうっていう話になって、じゃあ、佐藤さんに聞こうってことに。
「佐藤さん、今、いい波を立ててるから、それにのっかろう!」
っていう話になって(笑)。




■ 2 ■ ここ数十年のデザイナーがつまらない理由

編:あと、カツキさん、GbM のTシャツとかのパンフレットは自分でADもやってるんですけど。

佐藤:デザインうまいですからね〜。

編:そう。でも、トン子にかんしては、デザインは自分じゃなくて
別の人にやってもらいたいっていうのがあったみたいですよ。
で、そういう話をしていたら、デザインもやってくれるらしいですよっていう話に。
それでトントンとここまで。


佐藤:そこはちょっと、カツキさんのわからないところでもあるんですけど(笑)。
自分でやったら絶対いいデザインになるに決まってるんですけどねえ。
あの人デザインうまいから。ハッキリ言って。でも、それをあえてしないって
本人がそう言ってるんだから、しないほうがいいんでしょう、きっと。
そういう判断も含めてのカツキさんだから。それに、僕がこれにかかわれるっていうのは
心底楽しめることでもあるし、カツキさんが「いい波を立ててる」って思ってくれてるとするなら
僕もそこを思いきり利用して飛距離を出せばいいんだなって思うんですよ。
そう考えると「こういうことかなぁ」って思い当たるところがちょっとあって。
なんでここ数十年の間でデザイナーがつまんなくなっちゃったかっていうと、
何をつくるのかとか、どういう流れにのるのかっていうことを、全部カッコでくくってしまって、
上手になることだけの競争になっちゃったんだと思うんですよ。
でも「上手だね」っていう言葉って、あんまりうれしい評価じゃないですよね。
僕ね、漫画描いてた小学生の頃とかにすごくイヤな思いをたくさんしてるんですよ。
要するに表現として届いてなくても言えちゃう言葉なんです、「上手だね」って。

編:感情が、ない?

佐藤:ダス!(笑)

編:「スゴイね〜」とか「コワッ!」とかっていうふうな、感情に訴えてくるようなものがない?

佐藤:そうそう。そこで、袋小路の中に入っちゃったんだよね、デザインっていうものが。
で、一回入ると抜けられないんですよ、その競争の中に入っちゃうと。
僕にも、いまだにそういう中でやってる部分はあるんだけど、
ただ、少なくともそのことに気づいてはいるし、そこから抜け出ようとしているから、
そのための荒技が使えるポジションにいるっていうか、抜け出るためにカラダ張ってもいるんで、
逆に言うと、デザインに対して無垢だったり無防備だったりは絶対にしないし、
だから、「上手なもの」も投入して、それも込みでデザインを毒として使えるはずなんですね。
最初からただムチャクチャやるのって、時代的に言って、もう毒でもなんでもないですから、
デザインの世界で悶絶してる人間が真面目にトン子のデザインをやってることのアンバランスっていうか、
そういう「結果としてのムチャクチャさ」がいいんじゃないかと。
自分でも何を言ってるのかさっぱりわかりませんが(笑)。

たとえば、「
山下清※の絵はすばらしい」とかっていうのは、そりゃ確かにすばらしいんだけど、
目指せるものじゃないでしょ? ちゃんと意識的にやってて、しかも「上手だね」におさまらないもの
っていうのは、まだ誰にもできてないような気がするんですよね。
カツキさんは直感的にどっちも犠牲にしないでやろうとしてる人なんじゃないかと思うんですよ。



※山下清(やました・きよし):1922年-1971年
12歳で貼絵のてほどきを受け、その特異な才能が発見され、
2年後には文藝春秋に作品が発表される。
18才から15年にわたる放浪生活を始め、その旅で印象づけられた風景を貼絵にし、
画家や文学者から絶賛される数々の傑作を制作する。「裸の大将」として有名。
【山下清の放浪美術館】
http://www.dcn.ne.jp/~sky/yamasita/






EPISODE 2 トン子とデザイン-未来編-