EPISODE 2 トン子とデザイン-未来編-
■ 3 ■ 面白くなるデザイン
編:デザインの現場にいる佐藤さんとしては、今の現状というか、
どこか上っ張り重視なところとかって、「こうなったら面白いのになぁ」っていうのはありますか?
佐藤:だから、どうなったらおもしろいのかっていうのは、もうハッキリしてきてるんじゃないですか。
流れとか動きとかいう部分がおもしろくなきゃしょうがないんですよ。
「最近どんな仕事した?」って質問に対して「どこどこの企業の広告をやった」とかって言われても
ぜんぜんおもしろくないじゃないですか。「あ、そう」ってだけで。
「こういうおもしろいものを見つけちゃってね、それをこういうふうに手伝って、こうしてみたんだよ」
って言えてはじめて「ああ、おもしろいねぇ」ってなるわけで。
80年代に面白広告のブームみたいなものがあったでしょう。
その時に「広告はそれ自体で遊べるんだ」ってところで突っ走ってきちゃったもんだから
「表層のところで遊べばいいんだ」「別に商品にまで責任もたなくてもいいんだ」っていうふうに
なってしまった。それまでは、逆にみんなすごく生真面目にいろんなことに責任を持とうとしてたから、
それがすごくキツくなった反動だと思うんだけど。
でも、今や「これなに?」「缶コーヒーの広告。ちょっとおもしろいでしょ?」とか言ってるのは
業界人だけだし、「ところで、これってウマイの?マズイの?」っていう話になった時に、
「いや、そういう話じゃなくってさ」としか言えないことってどう考えても格好悪いんですよ。
だから、「モノそのものを離れたおもしろさには限界があるみたいね」っていう、
そういう単純な話なんじゃないですかね。
80年代の糸井重里さん※とか90年代の大貫卓也さん※とかの影響が大きすぎたのかもしれないですね。
でも、もうそういう時代じゃないんですよ。
今こうやって、みんなでしょっちゅう会って、箱の大きさを決めたりバッヂのデザイン考えたり、
まあ、ある意味まっとうにモノをつくってみているわけですけど、
正直こういう仕事って楽じゃないですよね。効率悪いし、時間もかかるし(笑)。
でも、やってみればこっちの方がおもしろいに決まってるし、最終的にはちゃんと届くと思うから。
そういうことでしか評価されない時代が来ると思いますよ。
おもしろいものを見つけたらサポートしていく、で、サポートする人間もどんどんアイデアを出していく、
そして、それをできるだけ流動的にやっていくっていうのは、考えてみれば当たり前のことでしょ。
今は大手の出版社が一定のサイクルで年間何冊の本を出してるってことの方がわかりやすいから、
誰もそのことを疑問に思わないし、こっちのやり方を疑問に思うんだろうけど、
もうちょっとすればクルンってひっくり返りますよ、絶対。
「これって何でつくったの?」「おもしろいから」っていう、それだけのことなんだから。
逆に「いや、何でっていわれても、ノルマがあってつくっただけなんで」って答えるしかないものなんか
誰もほしくないでしょ? だから、変わっていきますよ。今はちょうど
そういう変わり目の時期なんじゃないかなあ。
宇川くんなんかにしても、カツキさんとはまた全然表現の方法も感覚も違うけど、
たぶんそういうことを別のモデルで示そうとしてるんだと思いますねえ。
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※糸井重里(いとい・しげさと):1948年生まれ
1980年代にコピーライターとして「おいしい生活」など、広告コピーのヒットを連発。
それにともないタレントとしてもTV出演が増え、全国的人気に。
広告界以外にもゲームソフトの制作や小説、エッセイの執筆などで活躍。
【横尾忠則と糸井重里のヨコイト電話】
http://www.nhk-jn.com/inpaku/yokoito/
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※大貫卓也(おおぬき・たくや):1958年生まれ
アートディレクター、広告ディレクター。
多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後、博報堂入社。
現在、オオヌキ・デザイン主宰。
代表作として、スポーツ振興くじtoto、としまえん、サントリーペプシ、
ラ・フォーレ原宿、日清食品、新潮文庫Yonda?など多数の広告を手掛ける。
92年カンヌ国際広告祭グランプリ受賞。
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編:そんな動きをしたいと思ってる人って、それでも実はすごく多いでしょうね。潜在的に。
佐藤:多いと思いますよ〜。みんなもう気づいてるだろうし。ただ、大変なことでもあるから……。
気づいてはいても、何からとっかかっていいかわかんないと思うし、
僕だって今までの流れで仕事をやってきて、その中でベストなものを出してちゃんと対価をもらって
っていう余力がついてきたから、この『オッス!トン子ちゃん』だってできてるわけで。
デザインを始めた20代の頃に出会っていても、手も足も出なかっただろうしねえ。
やれる場所にいる人がやってみせればそうなっていくだろうから、と思ってやってるんですけど。
志して最初の仕事っていうのは力がいるけど、流れができれば、他にもいろいろと繋がっていきますからね。
編:思いっきり今回は、佐藤さんのモノづくりのスタイルでやってますよね。
佐藤:いや、どうなんでしょうかねえ。描いてるもののすべてはカツキさんの作品なわけだし、
カツキさんのテイストで行こうっていう路線がまずあってのことだから……。
ただ、そのカツキさんっていうのがじつに実体の定まらない人じゃないですか(笑)。
だとしたら、文脈をずらしたり、タイミングをはかってそれを押し出したりとかする人間も
必要だと思うんですよ。僕らはたまたま近くに居合わせて、そういうことの必要を感知できたっていう、
それだけのことなんじゃないかと。でも、居合わせたって感知しない人はしないと思うし、
感知したんだからやる以外に今はちょっと考えられない。
だから、選ぶとか選ばないとか、そういう問題じゃないんです(笑)。
■ 4 ■ 『NEUT.』とトン子の関係
編:『NEUT.』とかは、やっぱりそういう流れで「つくるしかないでしょう!」っていう感じだったんですか?
この前、2号を見せてもらって、1号はカツキさんの仕事場でパラッとしか見なかったんですけど、
2号がもうカンペキ過ぎですよね。
佐藤:そうっすか?(照)
編:うん、すごいバージョンアップしてる感じ。かなりもう、確立されたかなって印象を受けましたよ。
佐藤:ああ、はいはい。
1号目はねえ、ハッキリ言うと……やっぱり、2号に比べたらよくないんですよ。
それは個々の作品のことじゃなくて、編集の未熟さから来るもので。
だから、1号目で参加してくれた人にはすごく申し訳ないところがあるんです(ショボ〜ン)
。
編:絞りきれてなかった感じですか?
佐藤:「まずはやってみました」ってところで終わっちゃってるんですよ。
『NEUT.』という媒体にとっては、そこが一番重要なキモのところだったわけですが、
個々の作家の力を借りて、やっとこさ成り立ったというものですから、
参加してくれた人のパワーをそれ以上に引き出すということはできなかったわけです。
力を借りていながらそれを十分に還元できていないんですよね。
ただ、2号みたいなものは、やっぱりいきなりはできないんですよ。
1号が出て半年くらいたっちゃって、その間、それだけの存在で評価されちゃうっていう、
そういう時間自体が、すごくもどかしいんです。2号だってたぶん、
つぎに3号を準備し始めたら同じくらいそういうふうに見えるとは思うんですよ。
どんどんいろんなことが見えてくるんで。今も2号でそういうふうに見えてきてるわけだから。
それがおもしれえなぁっと思って。1号やってた時にはまだ迷いがたぶんあったと思うんだよね。
ただ、やっぱりこう、なんでもやりきった方がハッキリしてくるから。
飛距離が出る部分もダメな部分も。ただ、マルチっていうことで言えば、カツキさんのやってることには
なかなかかなわないんですけど。漫画にムービーに……学習雑誌まであるんですから(笑)。
編:そうですよね。幅広いですよね。
佐藤:まぁ、順番的に『NEUT.』を先にやったっていうのはよかったかもしんないですね。
やってみて、こういうものはやればやれるっていう、そういう流れはつくれるもんなんだってことが
見えたきたわけだから。とにかくこういうものって、そもそも遊ぶ気でやってるんだから、
決定的におもしろいわけだし、出す出さないっていうのが自分の目の前の判断とかかわってるとなったら、
もうどんなことをしたってやるっていう。『NEUT.』の場合の、つくり始める時の判断っていうのは
そういう確信でしかなかったんですよ。「おもしろいものができるに違いないから」っていう。
もちろん、いろいろ不安もありましたけど。だから、やめたくなった時なんかもありますよ。
「こういうことってべつに僕がやらなくてもいいのかなぁ」とか。
それに比べると、トン子ちゃんの方は「やって当たり前」ってカンジかなあ。
『NEUT.』の方が、ちょっと苦労をしょいこんでる部分はあるかも。参加者多いし(笑)。
編:あ〜、頼んでいる身としてはちょっとホッとしました(笑)
佐藤:カツキさんのはね、まったくしんどくないんですよ、精神的にも。
逆に本人がやれば本当はすごくいいのに、それをある種、僕が代打で肩代わりしていて、
それで打てなかったらヤバいですから(笑)。そういう心配はありますけどね。
素材がいいから何やったって大丈夫っていうのはあるんですけど。
とは言っても、やっぱり1回カツキさんはデザインを保留してるわけでしょ。
デザインも自分で全部やったら、もちろん全部の能力が高い人だからやれちゃうんですけど、
わざとそこをポーンと人に投げちゃったっていう。だから、こっちはそれを受けた時に、
カツキさんが思い描かなかった仕上がりだったりっていうとこまで計算しないといけない。
それができるかどうかは、仕上がってみないと分からないっていうのがあって、
そういう不安はすごく……いや、不安はないんですけど、最後まで気を抜けないっていうか。
不安はないです、はいっ。
編:いい意味でのプレッシャーのようなものですね。
佐藤:そうですねえ。緊張する部分はありますよねえ。
最終的にこうやって出版する際に、カツキさんから求められてることって、
事前に何か枠みたいなものがあって「これの何割を満たしてください」っていうことじゃなくて、
これを違うところに引っ張っていくことだったりするわけで、
「そこの部分は(丸ごと)アンタ責任もってね」って言われてるのと同じことでしょ。
それはもう、すごく正しい、人に対するモノの投げ方としてすごく正しいやり方だと思うんですよ。
こういうことができる時っていうのは、本当にいろんな条件が揃ってる時でもあって、
だから、確信はあるんだけど、やり足りないっていう部分とかを残しちゃったら、
本当に後悔しちゃうだろうなって思う。『NEUT.』の方は、もっとちょっと乱暴なつくりになってるっていうか、
失敗してもいいんですよ。あれだけの寄り合い所帯でやってるんだから。
逆に、最低なものが入っていてもいいくらい。「これはマズイだろう!」っていうくらいの(笑)。
で、そういう「こりゃちょっと弱ったな……」っていうものを『NEUT.』が許容していくためには、
なんかもっとこう、突出したものもなきゃいけないんですよね。
その差が開けば開くほどギャップが出ていいから。今はわりと底辺の位置って言ったらなんなんですけど、
意外と差も少ないから、失敗しそうでも失敗しようがないようにできてるんですよね。
特に、1号ではその時点でみんなが出せるものってことになると、
かつて公に出したことのあるものと、どうしてもかぶってきますから、
ある意味、見たことがあるものだったんですよ、全部。
編:有りモノってことですか?
佐藤:有りモノではないんですけど。最初から「有りモノは出さないようにしようね」って
そういうふうに言って始めたことだし、みんなちゃんと有りモノじゃないものを出してくれてはいるんですよ。
でも……流れとしては、完全な有りモノじゃなかったとしても、やっぱり
「今までやってきた自分のものはこれです」とか「今やってんのはこれこれです」っていうものしか
しょっぱなは提示できないですから。だから、失敗っていうのも少ないんですけど、
レンジの差も狭いわけですよね。それが2号になると、その上で何をやるかっていうことになってくるから
やっぱりすごくよくなってるんですよ。落差がつきはじめてるっていうか。
ただ、今はまだこういうことをやってるっていうこと自体が話題になってるわけで、
他の雑誌とかで取り上げてくれることなんかもありがたいことではあるんだけど、
それで何かが達成できたとは思いようがないですよね。だから、すべてはこれからです。
3号、4号と続けていかないかぎりはなんとも。
2号、見てくれたと思うんですけど、広岡(毅)※くんのお寿司の写
真なんかにしても、
1号でやったことの次にこんなものを出してくるなんて思いつかないでしょ。
“清水の舞台から飛び降りる”じゃないけど、それに近い勢いにのった飛び方、
「ハァーッ!」っていうのがあるじゃないですか(笑)。本当にもう「ハァーッ!」っていう感じですよね。
それはすごく見事な飛び方なんで、みんな、周りで「ハァ〜」って口開けて見ちゃうんですよね。
思いきりがすごいから。で、思いきりがいいと変な着地の仕方をしない。大ケガしないんですよ。
そういう時に迷いがあると、足ひねっちゃったりとかするんですけど。
またムチャクチャな飛び方をするヤツが出てきたら今度は大ケガするかもしんない。
それで言ったら、前より突出してるところっていうか、突起部分は明らかに高くなってるわけで、
そのぶん底辺の方ももっとこう、ぐっと下がらないとね(笑)。大ケガもありってことで。
これがたぶん、全部が全部突出するような精度を求めてしまうと、目が慣れてくるから、
だんだんつまらなくなってしまうんですよ。そうなると、また「上手だね」に戻っちゃうと思う。
だから、もっともっとヤンチャする部分も共有していかないと……。
それが難しいところだし、すぐにできるものでもない。
でも、やっぱりそういう可能性を常に中に含ませながら動いてる状態で仕事をしていきたいです。
3号、4号ってつくり続ければ、もっとおもしろくなっていくだろうなぁって思うし。
まだ誰も見たことのないものが現実になっていくっていうか。
それで、今までデザインについて、ちょっとあきらめてたような部分にも希望がもてるようになってきた。
上手でしかないものはつまんないんだけど、別にその……上手であっちゃいけないわけじゃないんですよ。
たとえば、カツキさんのつくるものだって、やっぱりうまいんですよ。
でもそこに必ず笑いが含まれてるじゃないですか。全然カッコいいものにも笑える部分があるでしょ。
ああいうのをバーンとつ突きつけられると、今までのデザインの流れでやってきたことに対して、
「先がないなぁ」っていうんじゃなくて、それはそれでやりきれば、おもしろくなっていくんだっていう
そういう希望が見えてくるんですよね。
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※広岡 毅(ひろおか・つよし) :1973年生まれ
フリーデザイナー。1997年よりフリーとして活動。
2000年5月よりローリング内沢、草野剛とともに LEVEL 1として活動を開始。
基本的には紙媒体を得意としながらも、 ムービーの制作も行う。
【LEVEL 1】
http://hello.to/level1
.
編:では、佐藤さんの現在の重要な仕事について教えてください。
佐藤:いや、やっぱり『NEUT.』と……『オッス!トン子ちゃん』じゃないダスか。
編:スバラシイ(笑)。
『NEUT.』と『オッス!トン子ちゃん』って個人的な仕事として大きいものだとは思うんですけど、
『ファイティング・ガール』の仕事とか、そういうのと、
アジール・デザインとしてっていう感じで分けたりとか、気持ち的には違ったりするんですか?
佐藤:違いは全然ないですね。いろんなことが変わっていくことを楽しんでいるので、
どんなものもやりようだと思ってますよ。だから、どっちも大事っていうか。
ただ、『NEUT.』とか『オッス!トン子ちゃん』は、まずこれは絶対にやりきらなきゃいけないことなんで、
他に取り替えが効かないという意味ですごく特殊なプロジェクトだとは思いますけど。
他のスタッフが他の仕事をしているから余力も生まれて今もこういう話をしていられるわけだし、
逆に、特殊なプロジェクトが動いているために他の仕事をしてても行き詰まらないってこともあると思う。
だから、やっぱり両輪なんですよ。僕が一人で成果を上げてるわけじゃなくて、
こういう組織形態にしようと思って僕はやってきたし、
その中でみんなが成果を上げようと思ってやってる仕事だから、そこに優劣っていうのは全然ないんですよ。
だから今は、他のスタッフがやっている仕事の成果っていうのは、
僕にはもうつくれない、真似のできないものになりつつありますしね。
スタート地点っていうのは、誰だって潜在的な能力があってもいきなり人に認められるわけじゃないから、
どうしてもタイムラグはあるんですが、でも僕とはまた別のタイプのADが絶対に出ますね、アジールからは。
今やっているものの到達目標とか、どういうものが次のステップなのかっていうものの「軸」なんかも、
みんなバラバラになってきてますしね。そういう場をちゃん体制として維持していくっていうことが、
僕のすごく大事な仕事でもあるんですよ。まあ、先のことはわからないですけど、
今までも全部そういうステップのつながりの中から出てきてますから。
だからまたなんか始まるでしょ、きっと。とりあえず完結しないことが大事ですね。
おもしろいことって、次々と動くことによって発生していくものですから。
オホホホホホ。(意味不明の笑い)
EPISODE
3 佐藤さんの生い立ち-10代純情編- へ