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マンガと音楽
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佐■カツキさんは商業誌で遅くもなく早くもなく普通の年齢で
マンガ家としてデビューしてるじゃないですか、
その頃の芸術思考ってどうだったんですか?

タ★中高生になったらガロ※36とかまわりが読み出して、僕も読むじゃないですか、
そしたらそのまま美学校にもぶちあたるし、
赤瀬川原平さんにもぶちあたるし、
日本のダダ
※37にも当然ぶちあたりますからね。
やっぱり美大行こうって気分が盛り上がって来て、趣味には入ってましたね。

佐■趣味には入っているけど、食うっていうことでいうと、
美術家になるよりマンガ家になるわけですよね?

タ★とりあえず今の自分にできることをやるしかないですからね。
芸術をやるっていっても、とち狂ってることですから。
まずはマンガ家っていうのが芸術にも趣味にも近い。
ただ、マンガ家になりたいっていうのはもう完全に終わってましたね。

佐■いつ終わったんですか?小学生の頃はなりたかったでしょ?

タ★小学生の頃はね。
ただ、中高生になったらね〜、音楽に気が行って、
学校以外で一番時間を費やしていたことは音楽でしたね。
だからなんか音楽で行きたいなって思っていたんですよ。
デモテープも作るし、マンガは応募もしてましたよね。
とりあえずできることとして。
でも本当にその頃マンガを読んでないし、でも描けるから
アシスタントとかの何か足がかりになるような気分で投稿してるわけですよね。

佐■じゃあ『逆光の頃』
※38とかはその時に一番あった表現なんだ?

タ★そうですね。もっと本気でマンガ家になりたいと思ってたら、
『逆光の頃』みたいなあんな叙情的なマンガ描かないと思いますよ。
商売のこと考えて、商業誌でデビューしてますから、
ちゃんと勉強もしてマンガ家としてやると思うんですよね。
でもマンガ産業っていうものに対してあまり愛着がないんですよ。
愛着がないから、ああいう趣味に近いガロ的なものを描いているんですよね。
要するに人気出なくていいわ、みたいな。

小◆岡崎京子さんとの関係ってどんな風ですか?

タ★岡崎京子さんはちょっと上なんだけど
載っている雑誌は一緒だからほとんど同期で。
完全に同期は松本大洋
※39くんなんですよ。
ただ何が違うかっていうと、オシャレ系とガロ
系っていうのがあって、
完全なる断絶があったんです。

佐■その対立は何をお互い嫌がっていたんですかね?
ガロ系の人たちはオシャレになってたまるかって気持ちがあったんですかね?

タ★ファッションとかやっぱ全然わからないじゃないですか。
それよりも生活苦。
金の無いところでどうやって工夫するかっていうのがガロ系でしょ?
多少お金があったらファッションにも興味があると思うんですよ。
どんな服着ようかなって。だから金銭感覚が全然違う。
やっぱオシャレなマンガ描いてるやつってみんな実家でしたもん。
僕みたいな大阪からやって来て、今月の家賃どうするかって考えてるやつが、
オシャレどころじゃない。

一同:(笑)

小◆そんな厳然とすみわけありましたか。
オレは当時高校生の時に『りん子』
※40を読んだんですけど、
カツキさんも岡崎京子さんもきらびやかなマンガ天上界の人という印象がありました。


タ★ただその中でもガロ系とオシャレ系の間にスーッと入って来たのが音楽で、
その時イカ天
※41だったんですよ。
で、イカ天ていうのは、オシャレなバンドも入るし、演劇的な所も入るんですよ。

小◆なるほど、両極で示せばリトルクリーチャーズ※42とスイマーズ※43ですね。

タ★そう。で、同じ舞台に出てきたガロ系の中でもオシャレ系の中でも、
音楽やるやつとやらないやでバッと分かれたんです。
それで音楽やる同士がくっついたんですね。

一同:なるほど〜。

タ★そこで宝島※44とかで描くようになったのがたぶん僕等。
だからコンサート会場でチケットで並んでいるところに、
丁度前に岡崎京子さんがいて、はじめて挨拶したんですよ。

小◆誰のコンサートですか?

タ★確か筋肉少女帯※45だった。

一同:あ〜〜〜〜〜〜。

小◆たぶんきっと岡崎さんからしたら「ワタシ筋少観ちゃうのよ」
って感じなんでしょうかね。

タ★うん。取材とかかもしれないですね。情報として。

佐■漫画しか描く事に興味が無い人だったらそこで出会わないですよね。

小◆混ざり行く頃というか、そういう話はおもしろいですね。

佐■情報も娯楽もまだその時は少ないし。
今はもうマンガは産業として成立していて、別のことになりだしているからね。
それはそれで良い配給の仕方をしていると思うけど、
ユニクロ
※46の服が売れているのと同じですよね。

タ★そうですね。


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小田島等について
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佐■小田島くんの心配マニアとしての神髄とか、
これからについても話さなきゃいけない。


小◆どこまでしたらいいんですかね?

佐■全部しましょ。

タ★うん。やっぱ小田島くんの軌跡とか面白いと思うんで。

佐■小田島くんの作品が一般流通を通して入り込む場所は、今はトン子しかない?

小◆佐藤さんがADとして、ピンセットでつまんで配置してくれたと思っています。
僕のマンガは前衛が過ぎてて(笑)、トン子に収まるしか場所がなかったのかなと。
こういうマンガのイメージが、本業のデザインにも浸食してきて、
デザインの仕事くださいと、とある立派な出版社に売り込みに行ったら、
デザインはスタンダードな美しいものやってるんですよ、けど
「どれも、おもしろいんですけど、今ね〜実験がダメなんですよ」って言われまして。
マンガやめようかしら…。

一同:(笑)

エ●きっとその人小田島さんのこと好きですよ。

小◆あ〜、深くわかってらしたんでしょうね。

タ★おもしろいね〜。

小◆だからここしか入る所無いですよ。本当ありがとうございます。

佐■小田島くんのマンガの位置はどれくらいなの?

小◆実はずっと描いていたんですよ。かわいいやつを小、中って。
Gペンもカラス口
※47もわからず買いました。全然使いこなせなかったけど。
しかし、さっきのカツキさんの話おもしろかったな。
岡崎さん・リトルクリチャーズ派か、カツキさん・スイマーズ派かって。
高円寺・中央線か代官山・東横線みたいな。
僕はカツキさんと5歳違うんで、代官山しか見えてなかったですね。

佐■じゃあガロ系はもともと視野になかったんだ?

小◆というか、混ざりゆく頃という印象。
80年代末の宝島や、90年代頭のCUTiE
※48とか雑誌の影響大きいですよね。
あと貧乏な若者だったから、高下駄バリューはかせて、代官山万歳と思っていた部分もあります。
当時の同じくらいの年齢の人たちも、そんな暮らしが良いと思っていたとこあると思う。
ガロも贅沢な表現に見えたし。

佐■それでスージー甘金
※49さんのところに行くんでしょ?
スージーさんもそのきらびやかな世界にいたの?

小◆ スージーさんは絶妙な立ち位置で、混ざりゆく存在。また他の作家と違うんですよね。
 ガロ系でもあったし、表参道HBギャラリー
※50な感じもあったし。
 後の村上隆さんや、会田誠
※51さんの始祖のような迫力と言うか。
そんなスージーさんのおかげで、カツキさんみたいな
どちらの道を選ぶかっていう葛藤のようなものは無かったんです。

佐■音楽ジャケットやっていたときは、
音楽に近いグラフィックの世界にいるのが心地良かったんでしょ?

小◆そうですね。ジャストな居心地がありましたね。
曽我部恵一
※52くんがロッキング・オン社の『コミック.H』※53の人に薦めてくれて、
単行本『無 for SALE』のマンガができたんですよ。
なんとなくへたウマの最後の光を見た年齢の僕が、言える表現を探しました。

佐■「音楽のグラフィックならこの人!」っていう信藤三雄さん
※54みたいな人もいて、
湯村輝彦さん
※55だったりスージーさんだったりっていう「イラストレーション!」な人もいて、
そういうのが全部上でキラキラして見えてたわけでしょ?


小◆あとフリッパーズ・ギター
※56も全部キラキラでしたよ。
音楽よりのグラフィックと、いわゆるヘタうまを掛け合わせて、
不思議な計算をしてみようっていうのはありました。
99年に表題作の『無 for SALE』描いているんですけど、
ヘタうまを勝手に蘇生させるって、ちょっと奇妙な実験のつもりで、
スージーさんに関われた事もあるから、勝手に血をについでみたいってのもあって。
簡単に言うとそんな計算、というか妄想です。

タ★その当時のまわりの状態はどうだったの?

小◆まわりはヘタうま系なマンガ描いている人はいなかったように思います。
シャープなグラフィックとか、ヒップホップとかテクノに「ヘタうま」の魂は移ったと思う。

佐■99年頃ってどんなマンガが流行っていたんだろう?

タ★マンガも『コミック. H』とかだと思うんですよね。

小◆当時は実験的なマンガを扱っていましたね。

佐■古典的なことをサブカル的に整理させようとしていた時期なんだろうね。

小◆色んな事が不毛になり出した感もあったんですよ。。世紀末99年て。
少し前にはオウムの事件
※57もあったし、不景気といわれてずいぶん経ってたし、就職難だったり。
さっきの出版社で実験がダメって言われちゃう事の導火線に火はついていたかもしれないですね。

佐■9.11以降マンガ描けなくなったっていうのは? 鬱状態?

小◆2002年のイラク侵攻で日本が派兵して、戦争が巻き起こる悪夢にうなされました。
平和主義でもなんでなかったから、それ故に驚いてしまったんです。ビビリました。
本当にマジメにとらえちゃったんですよ。しんどかったですね。

佐■で、そんな時に僕が本をあげたんだよね。

小◆横尾忠則
※58さんの『我が座禅修行記』※59と、赤瀬川原平さんの『芸術原論』※60
木村秋則
※61さんの『奇跡のリンゴ』※62
あと難しくてあんまり読めなかったんですけど『超訳 古事記』
※63

佐■その4冊は割としっかり読んだんだ?

小◆読んだどころの騒ぎじゃないですね。

一同:(笑)

佐■その中で一番効いたのが『我が座禅修行記』なんでしょ?

小◆部屋で座禅もしてみました。

佐■じゃあ小田島くんはこれからですよね。鬱も抜けたし。

タ★やっぱね、小田島くんはもっと何かを量産したほうがいいと思う。異様にやろうよ。

小◆はい!もう生まれ変わったんで!

タ★マンガもバンバン出てないとおかしい人ですからね。

小◆ありがとうございます!

タ★あとは連絡つくようにしよう。窓口はASYLでいいじゃん!
そこでバンバンもの作って最終的には独立しよう。

佐■それおもしろいかもね。じゃあそうしようか。

小◆もう、死んだ気になって働きます!

佐■2010年の春から旧練成中学校っていう廃校がアートセンター※64になるんで、
そこにASYLが間借りするんですよ。そのタイミングで。

小◆よかった〜。じゃあ佐藤さんお世話になっちゃっていいですか?

佐■はい。でも本当にがんばって。

小◆がんばろー!
でも本当に心配で、この前占い師の人に見てもらったんですよ(笑)。
そしたらとにかく人に会って、人の話を聴けって。つながりが大事だって。
だから今日来て良かったです。


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トン子のほーむぺいじ