ちん毛は、はえたらオトナです。以上!!
と言いたいとこだけど、ボブなりにオトナになるということはどういうことなのか?
ってことを、今回はオトナのあいさつを例にとって、そのなぞをにせまるぞ!!
さて、「いい天気ですね」と声をかけられたら、
みんなは何て返事するかな?「そうですね、いい天気ですね」と答えれば普通
だよね。
でも「いい天気ですね」と声をかけられて、
「いや、少し雲もあるし日ざしも弱いし、どちらかといえば、くもりですよ」と
答えれば、もしそれが本当だとしても、そんな人はきらわれちゃうよね。
その人はその人なりに正直にありのままに答えただけなのに、
なぜきらわれちゃうのでしょう?
「そうですね、いい天気ですね」とうそをつけばきらわれなかったのにね。
でも正直者はうそをつけなかった。だって正直ものだから。
正直者は結局きらわれ者になってしまった。
しかし、そんな正直者もいつかうそをつけるようになるだろう。
きらわれ者になるのはイヤだからくもり空の時も「いい天気ですね」と
答えられるようになるだろう。それがオトナになるということだ。
じゃあ、オトナになるということはうそをつけるようになることか?
といえばそうではない。
正直者が「いい天気ですね」と答えられるようになったのには
少しだけふくざな心のからくりがあるのだ。
手紙を例にとってみよう。
オトナの手紙というのは
--長かった梅雨も明けいよいよ本格的な暑さの到来となりました、、、、
とか新緑のかがやくすがすがしい季節となりましたが、、、、、 とか,
北国からは早くも紅葉の便りがきこえてくるころとなりましたが、、、とか
晩春の候、、、、、とかなんて、
かたくるしい季節のあいさつからはじまるよね、
天候や季節のことなんてどうでもいいじゃん!!
用件だけつたえてくれればいいのさ!!なんてボブも思ってたけどさ、
でも、じつはとっても重要なことなんじゃないかと最近は思うんだ。
だって、今が晴れてるか、くもってるか、雪がふってるのか、
残暑がきびしいのか天気(お天とうさまの気持ち?)によって人の気持ちも
ずいぶんちがうでしょ?晴れてたらスッキリした気持ちになるし
秋になればしっとりとした気持ちになる。
大雪になれば困った気持ちになる人もいれば
とても楽しい気持ちになる人もいる。
誰におそわったわけでなく、ストレートに今の心や気持ちに関係してくるよね。
それは今もむかしもきっとかわらない、
かわることのない、流行とかではない、真に人間の気持ちえを左右する
重大なイベントかもしれない!!
毎日お天気のニュースはやってるし(それも何回も)新聞にもトップ記事だ。
朝起きていちばんにえいきょうされる外のしげきだよね。
だから「いい天気ですね」なんてのは
人にとってその日一番に感じるニュースをかたりあう
とってもじゅんすいで大切なおこないなのかもね。
「いい天気ですね」のそのことばのうらには
「わたしはあやしい者ではありません。こわがらなくていいですよ。
さあ、今日一番のニュースを報告しあいましょう。
いやなこともあるかもしれないけど、
今日一日うつくしい光につつまれたわたしたちは幸せよね。
小さなことにまどわされることなく、よい気分でがんばりましょうね」
というメッセージがかくされてるかもしれない。
そしてその愛のメッセージをよみとり「イエス」と笑顔で答える。
心と心のすなおな交流に「イエス」と答えられるようになることが
オトナになるということかもしれないな。
うそなんてジャンジャンついちゃっていい。えんぎでもいい。
すべての行動にあるかくされた愛をみつけて、うけとってなげかえす。
そんなふうに考えれば、「くもりです」なんて答える正直者なんて、
ただの自分勝手な現状だけでものごとをはんだんするアホなやつなんだ。
夢や魔法やミラクルを信じるえいえんのうそつきにボブはなりたいな。
なれれば最高だな。最後にこの短歌をしょうかいしてみなさまとおわかれします。
寒いねといえば寒いねとこたえてくれる人のあたたかさ
これは俵万智という女性の歌人の短歌です(小学生のみんな知ってるなな?)
ボブが俵万智の短歌をしょうかいするなんて
とても新鮮だろ?んじゃまたね。